7月15日。cocoonに向けたWORKも、今日で3回目だ。先週と先々週、藤田君はキーマカレーやロコモコ丼を皆に振る舞っていたけれど、今日はお酒も用意して、オツマミをあれこれ仕込んでいる。
「料理はもうちょっと時間がかかるから、やぎが作ったジュースを飲みながら待っててもらえますか?」
「え、このジュース、手作り?」
「そう、手作り。蜂蜜とお砂糖で、レモネードみたいに漬けてみた」
「あれだ、部活のときにマネージャーが差し入れるやつだ」
「え、何、部活のマネージャーってそんなの差し入れてくれるの?」
グラスに手作りジュースと炭酸水を注ぎ、マドラーでかき混ぜ、皆に配る。
「なんか私、鼻ずるずるいって怪しいよね」。ジュースを受け取った小泉まきさんが申し訳なさそうに言う。「怖がんないでね、皆。体調が悪いんじゃなくて、猫アレルギーが出てるだけだから」
「猫、飼ってるんですか?」
「いや、実家の猫が末期の癌になっちゃって、会いに行ったら猫アレルギーが出ちゃっただけなの」
国内旅行の需要を喚起しようと、観光庁が「Go To トラベル」キャンペーンを開始すると発表したのは、つい5日前のことだ。一方で、「オンライン帰省」なんて言葉も生み出され、今年のお盆は帰省を控えるようにと呼びかけられていて、頭が混乱する。「不要不急の外出は控えるように」と繰り返しアナウンスされていることもあって、その用事は不要不急なのかと、自問自答させられる日々が続いている。他人からの目も厳しくなる。でも、その用事が不要不急かどうかなんて、誰が判断できるのだろう。
この日は沖縄在住の大田優希さんも上京し、皆と顔を合わせることができた。ただ、「向こうに帰ったら2週間隔離されることになってます」と大田さんは言う。
「え、隔離?」
「はい。おばあちゃんも一緒に住んでるから、玄関に一番近い部屋で、2週間隔離されて過ごします。おばあちゃん、ジムに行ってエアロビとかやってるぐらい元気なんですけどね」
大田さんのおばあちゃんは、実家でひとり暮らしていた。まだまだ元気とはいえ、80歳を超えたおばあちゃんをひとりにしておくのも可哀想だと、家族皆で実家に戻り、一緒に暮らし始めたばかりだという。
「大田さんはさ、嫌いな食べ物ってある?」ベーコンときのこのアヒージョと、をテーブルに並べながら、藤田君が尋ねる。
「トマトです」と大田さんが即答する。
「お、僕と一緒だ」
「トマトはほんとに無理です。トマトに触れたスプーンでごはん食べられないぐらい苦手です」
「どんなに加工しても、食べられないの?」
「いや、火を通したトマトは食べられるんです。トマトを潰しただけんスープとか、うちではよく作るんですね。それは大好きなんですけど、生のトマトが苦手で」
「中のつぶつぶのところも苦手なんだけど、つぶつぶの前のところ――あそこに歯が入っていく感じが苦手なんだよね」
「めっちゃわかります!」
「いろんなものを克服してきたけど、トマトだけは無理で。ほんとは食べたいんだよ。居酒屋とか行っても、冷やしトマトとか、めっちゃ美味しそうに見えるの。でも、どうしても無理なんだよね」
先週参加していた誰かは、タピオカやナタデココの食感が好きだと言っていた。好きな食感もあれば、苦手な食感もある。大田さんが苦手なものは、トマトの他に、辛いものもある。辛さが苦手というのは、どこか防衛本能が働いているような感じもする。見た目が苦手で食わず嫌いな食べ物というのも、どこか防衛本能を感じる。では、食感が苦手というのは、どういう原理なのだろう。
「前にイタリアの俳優と『IL MIO TEMPO』って作品を作ったときも、こうやって食べ物の話とかを質問しながら作品を作ったんだけど、イタリアにはすごいチーズがあって。チーズの中に虫の卵を生みつけさせて、その状態で発酵させるチーズがあるらしくて」
藤田君の話を聞いていた誰かが、ケータイで画像検索して、「サルデーニャ島の幻の蛆虫チーズ」の画像を皆に見せる。
「名前がもうすごいね」
「うわ、いる!」
「いるねえ」
「これはすごいね」
「そして思ってたよりウジ虫が一杯いるね」
「ウジ虫がチーズを食べることでめちゃくちゃ発酵が進むらしいんだよね」と藤田君が説明する。「ウジ虫チーズって名前だけ聞かされるとハードコアだなと思うけど、イタリアの皆からすると、納豆が異常に思えるらしくて。それは海外と日本の話だけど、日本の中でもさ、僕は北海道だし、大田さんは沖縄だし、皆それぞれ違うじゃん。たとえばジンギスカンとかって、皆が想像するジンギスカンと、北海道出身の僕が想像するジンギスカンって違うと思うんだよね」
藤田君の話に耳を傾けていた大田さんは、沖縄の味噌汁の話を聞かせてくれた。沖縄の味噌汁は内地のものと異なり、それだけで一食になるほどボリューミーで、いろんな具材が入っているのだ、と。
「あと、沖縄には中味汁っていうのがあって――中味系って食べれます?」
「中味系?」
「中味って、豚の内臓なんですけど、お盆のときは昆布と一緒に炒めたおかずが必ず出るんです。その中味を使ったお汁があって、生姜を入れて食べるんです」
「生姜を入れて、臭みを消すんだ?」
「いや、臭みがあるわけじゃなくて、生姜がめっちゃ合うんですよ。その中味汁を食べるのが、二日酔した日の理想です」
二日酔いになるというのも、不思議なことだといつも感じる。無理矢理飲まされているのでもなければ、おいしくて、楽しくて、自分から進んで飲んでいるはずなのに、どうしてそれが二日酔いの苦しさに繋がってしまうのだろう。
「お酒を飲んだあとに食べたくなるものってあるよね」。藤田君が話を続ける。「大阪に『千とせ』って店があるんだけど、そこには肉吸いってメニューがあるんだよ。それは、二日酔いになった芸人さんが、肉うどんのうどん抜きを頼んだところから始まったらしくて。その気持ちはめっちゃわかる。飲んだあと、沖縄そばでそれと同じ注文のしたくなるもん。沖縄そばの汁だけ頼んで、そこにコーレーグースを入れて飲むっていう」
コーレーグースとは、島とうがらしを泡盛で漬け込んだ調味料だ。「辛いものが苦手ってことは、コーレーグースは?」青柳さんが大田さんに尋ねる。
「絶対食べられないです」と大田さん。
「え、苦手なんだ?」と藤田君。「僕は大好きだよ。もうさ、沖縄そばなんて、途中からコーレーグース飲んでるようなもんじゃない?」
「沖縄の人でも、コーレーグース入れない人は多いですよ」
「沖縄の人は何にでもコーレーグースかけるのかと思ってた」
「かけないです」
「家庭に一本――」
「ないです、ないです」
所変われば品変わる、という言葉がある。食もまた、土地によって文化が異なる。そこでわたしたちは、職と土地とを結びつけて、色眼鏡で見てしまうこともある。沖縄の人なら、みんなコーレーグースが好きに違いない――というのも、そのひとつなのだろう。もちろん、沖縄の人の中にも、コーレーグースが好きな人はいるはずだ。でも、「沖縄の人」と一括りで語ることには限界があって、ある食材が好きな人もいれば、苦手な人もいる。そんな当たり前のことに、大田さんの話で気づかされる。