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cocoon log 23

2月19日。2月の作業としては最終日を迎えたこの日、朝から雲ひとつない青空が広がっていた。いつものように皆でアップを終えると、「ちょっと、散歩に出かけてみる?」と藤田君が提案する。中野駅前に大判焼き屋があるというので、新中野の稽古場から皆で散歩に出かけることになった。思い思いの大判焼きを買って、近くの公園で頬張る。美味しそうな匂いに誘われて、鳩が飛んでくると、誰かが小さく悲鳴をあげる。

「どした?」

「いや、鳩が――」

「苦手なの?」

「鳩って怖くないですか?」そう言って、上空を飛ぶ鳩に警戒しながら、大判焼きを平らげる。他の皆は、特に鳩を警戒することなく、ゆったり過ごしている。感覚は人それぞれ違っている。

「ひめゆり学園には寮もあって、下級生と上級生が同じ部屋で生活してたらしいんだよね」。藤田君が切り出す。「皆さんは、どうですか。そういう生活ってできますか?」

「最初は全然知らない人と一緒にってことだよね?」

「そう、全然知らない人と。××さんは寮生活ってできる?」

「私はできる気がします。ひとりでいるより、皆といるほうが落ち着くので」

「そっか。誰かと一緒のときじゃないと、ごはん食べないって言ってたもんね。××さんは体育会系の部活やってたわけだけど、寮生活はしてないんだっけ?」

「寮生活は経験ないですけど、メンタルを殺せばやれると思います」

「××さんは?」

「私、意外とできる気がします」

「え、でも、『自分の部屋に誰も入れたくない』って言ってなかった?」

「期限が決まってたら、いける気がするんですよね。寮で生活するのは学校に通っているあいだだけで、ずっとここに住むわけじゃないって前提があれば、いける気がします」

「××さんは?」

「数週間のイベント的なものならともかく、何年も寮生活をするって、想像しにくいかも。昔、××さんがシェアハウスに暮らしてたって話を聞いたとき、『信じられない』と思ったんだよね。だから結構、苦手なタイプだと思う。自分のゾーンが確立できないと無理かも」

「でもさ、『cocoon』で言うとさ、タマキさんってそんな感じがするよね。あんなにおめかしが好きな人って、寮生活には向いてなさそうだよね。漫画の中でも、タマキさんって学校のシーンではあんまり出てこなくて、ガマのあたりで急に出てくるよね」

「通学組なのかな?」

「ああ、通学組か。なるほどね。××さんは――寮生活は無理そうだね」

「無理じゃないよ?」

「ちょっと皆、稽古が始まる前に、××さんと××さんの潔癖さ加減を知っておいたほうがいいよ」。そう語る藤田君に、名前を挙げられたふたりは、「潔癖じゃないよね?」「わたしたちの中では普通だよね?」と確認し合っている。

「ホテルに泊まるときは、自分でベッドシーツを持っていくんだっけ?」

「いや、いつも持っていくわけじゃなくて、ホテルによってだよ?」とふたりは釈明する。

「あと、バスマットが――バスマットをどうするんだっけ?」

「バスマットは、あんまり共有にしたくなくって。共有にするんだったら、お風呂入ったあとにしか踏まないようにして欲しいってだけだよ」

「ちょっとそれ、理由がわかんないんだけど」

「嘘?! わかるでしょうよ」

「じゃあ、ホテルとかで、自分のベッドに他人が座るのは?」

「それは嫌かも」

人それぞれに、「ここまでは許せる」と「ここからは許せない」という境界線は違っている。日常生活の中であれば、ベッドの上に座らないでと意見を言うことができるけれど、緊急時となればそこで声を上げることもできなくなって、次第に自分の中でも境界線がぼやけてゆくのだろう。

大判焼きを食べ終わったあとも、しばらく公園に佇んで、雲ひとつない空を見上げる。ふと、ひとりが涙を流していることに誰かが気づく。

「えっ、どうしたの?」

「何か悲しいことでもあった?」

「違うんです。ちょっと私、風に弱くて。風が強い日だと、涙が出てきちゃうんです」

まだ正午過ぎだというのに、冬は太陽の位置が低くて、影が長くのびている。風に吹かれて涙を流しながら、しばらくあいだ皆でぼんやり過ごした。あの穏やかな時間のことを、今でもときどき思い出す。

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