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「ちょっと今日から、若干プレッシャーを与え始めたいと思ってるんですけど」。椅子から立ち上がり、藤田君が切り出す。

「やっぱり、身体のことを徐々にやってかないと駄目だなと思ってます。プレイハウスって場所は、28歳のときに初めて演出した場所なんですけど、やっぱり大きいです。ちょっとね、甘く見ないほうがいいです。それから4、5回演出してるけど、800人が同時に1回の上演を観るので、今までの『cocoon』より大きいと思ったほうがいいですね」

2013年の『cocoon』も、2015年の『cocoon』も、東京公演がおこなわれたのは東京芸術劇場の「シアターイースト」だった。今回の『cocoon』は、数倍大きい「プレイハウス」で上演が予定されており、東京公演以外もその規模の劇場で巡演する方向で調整が進められている。

「今日から4日間の作業では、3月にウェブサイトにアップする映像を撮ることに向けた作業に取り組んでいきたいなと思っているんだけど、それとは別に、身体のことや発声のことは意識していかなきゃいけないかなと思っていて。身体づくりってひとえに言うけど、『cocoon』は怪我が多い演目なんですね。身体のことをやっていくことと、『cocoon』に取り組むってことは、とても密接なものだと思っています」

『cocoon』の出演者の中には、俳優として何度となく舞台に立ってきた人もいれば、あまり舞台に立ったことがない人もいる。演劇経験の有無で良し悪しをはかり、オーディションの審査をおこなったわけではないからこそ、皆に身体のことを伝えようとしているのだろう。

「上演が延期になったことで、『まだまだ時間がある』と思ってたけど、気づけばもう1年と数ヶ月しかなくなっていて。その1年と数ヶ月の中でも、上演に向けた作業が大詰めになるのは、初日までの1ヶ月だったりするんですね。初日が明けて、ツアーが終わるまでも1ヶ月ぐらいになると思うんだけど、そのあいだにちょっとでも声を壊したり、身体を壊したりすると、いろんな後悔に繋がってしまう。もちろんどの演目でも後悔に繋がるんだけど、『cocoon』に対しては特に申し訳なさがある。描いているものの重さを考えると、皆の身体を壊したくないって気持ちが、前提としてあるんです」

そこまで話すと、皆に立ち上がってもらって、二人ひと組のペアを作る。実際に手本を見せながら、ストレッチに取り掛かる。

 

 

演出家は俳優の身体と向き合う仕事だ。藤田君は、ただ作品上の演出として俳優の身体を見つめるだけでなく、アップやダウンの時間も俳優の身体に視線を注いできた。イタリアツアーに出かけ、ワークショップを通じてイタリアの俳優と出会ったときも、全員で一緒にアップをして、俳優の身体を見つめていた。初めてプレイハウスで演出した「小指の思い出」の稽古場でも、皆で一緒にアップをしていたことを思い出す。

筋を伸ばしたり、関節をゆるめたり。ひとりがマッサージ師役のようになり、もうひとりの身体をほぐしていく。

「××さん、腕長いんだね」

相手の腕を伸ばしながら、誰かがつぶやく。

「そう。昔からさ、腕長いって言われるんだよね」

「だいぶ長いね。ちょっと怖いくらいだわ」

「いや、怖くないわ」

皆がきちんとストレッチできているか、藤田君は見てまわりながら、「体によって、やりかたは少しずつ違うかも」と伝える。「左右対称の身体ってないから、同じストレッチでも、左と右で違ってくるんだよね。どっちかが痛いとか、そういうのを感じるのも大切なことで。あと、『それは気持ちいい』とか、『ちょっと違うかも』とか、やってもらってる相手に伝えるのも重要ですね」

『cocoon』で、俳優の皆は、走り続けることになる。それも、1日や2日走るのではなく、本稽古が始まってから千秋楽が訪れるまで、走り続けることになる。最後まで怪我なく走り切るためにも、自分たちで身体のケアができるようになっておく必要がある。

「小学校のとき、人体の不思議展に行ったことを思い出すな」と誰かが言う。

「人体の不思議展って、筋肉とかが見えてるやつ?」

「そうそう。筋とか、血管とかも見えてるやつ」

身体の仕組みを、おっかなびっくり把握しながら、ストレッチをする。談笑しながら相手の腕や足を伸ばす姿を眺めながら、今から1年と数ヶ月後に、彼女たちが看護隊として舞台に立つ姿を想像する。

 

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