2月16日。この日は稽古場に、suzukitakayukiの高橋愛さんの姿があった。『cocoon』が2013年に上演されたときから、衣装はずっと高橋愛さんが担当している。
「えっと、愛ちゃんに説明すると、『cocoon』のウェブサイトがあって、2020年の上演が中止になったときにアップしたままになってるんだけど、それを3月にまた更新したいなと思ってるんだよね」。『TAHANAN』のテキストを使った作業がひと段落したところで、藤田君が説明する。「そこは『cocoon』の内容にもちょっと踏み込んだ稽古を始めてるって様子をアップしたいんだけど、皆のビジュアルも載せていきたいなと思っていて。それは『上演の衣装を着せたい』とか、そういうことではなくて、まわりくどいクリエイションをしてるってことを伝えたいんだよね」
藤田君はパソコンをプリンターに繋ぐと、皆の海の記憶をもとに書き上げたテキストをプリントアウトして、高橋愛さんに手渡す。どんな演目になるのか、通してやってみることになる。ひとりずつ順番に、上手から出てきて、初めての海の記憶を語る。ヴィジュアルを想像できるようにと、順番がまわってきた人だけマスクを外してテキストを発語することになった。
「ひとりずつ、ちゃんと時間をとりながらやってみよう」。藤田君は皆に語りかける。「重要なのは、その瞬間に想像できてるかどうかってことだと思うんだよね。位置関係とか、距離とか――たとえば『あっちのほうに洞窟があって』って言うときに、自分の中のイメージとして、その洞窟がどれぐらい離れてるかってことを想像できるかどうかが大事だと思う。じゃあ、ちょっとやってみましょう。はい、どうぞ」
藤田君がキューを出すのと同時に、高橋愛さんはスマートフォンを構え、ぽこんと録画ボタンを押す。ひとりずつ順番に、海の記憶を語ってゆく。じっくり時間をかけながら、かつて目にした風景を想像しながら、藤田君が書き上げたテキストを発語する。そのテキストは、去年12月にも読み上げられることはあったけれど、あのときはまだ“読み上げられる”という段階だった。今日の作業を見つめていると、藤田君が『cocoon』に向けて書き上げるテキストを“上演する”一歩目だという感じがする。
「これ、結構楽しい演目だね」。全員が演じ終えると、藤田君はそう言って笑いながら、皆を整列させる。3月に撮る映像に関しては、まだあんまり役柄ってことは意識しないほうがいいんだけど。そう前置きしながらも、誰がどの役を演じることになりそうか、現時点で決まっているキャスティングを高橋愛さんに伝えてゆく。
「まきちゃんは、タマキさん。明明が、マユ。それで、やぎがサンなんだけど、映像の中では『やぎがサンを演じる』みたいなことではないほうがいいと思ってるんだよね」
「今回はまだ、役者さんってことでいいんだね。あと、季節感はどうしよう? 今は皆、冬服を着てるから、思い出話をしてる感じになるよね」
「そうだね。3月でも、夏の記憶を振り返ってる感じになるよね。今回の作業に関して言うと、3月にアップするってことが大切な気がしてるんだよね。『cocoon』のオーディションが行われたのは3月で、この1年間、いろんなことがあったから延期になって、こういう作業しかできていないってことも含めて、3月にアップされるのはいいなと思っていて。これは3月にオーディションをやった理由にもなってるんだけど、ひめゆりの皆さんが看護師として動員されたのも3月だったんだよね。その3月にアップするってことを考えても、真夏の衣装っていうのは一番イメージできなくて。それよりは、あいちゃんが言ってくれたように、いつか行った海を思い出している方向がいい気がする」
藤田君は今の段階で考えている映像のイメージを伝えていく。映像は定点で撮影するつもりであること。カラーではなく、モノクロで撮影しようと思っていること。それは雰囲気を出すためにモノクロにしたいわけではなくて、今回の映像ではまだ色が抑えられた感じに留めておきたくて、今日さんが描く絵だけ色が鮮やかにある感じにしておきたいと思っていること。ぽつりぽつりと語る。
「あと、ちょっと抽象的な話になっちゃうんだけど、おめかしをしてるってすごくいいと思ってるんだよね」。藤田君は具体的な例として、2015年から3年間取り組んだ、福島の中高生たちとミュージカルを上演するプロジェクト『タイムライン』を挙げて話を続ける。この作品の衣装を手がけたのはsuzukitakayukiで、高橋愛さんも現場に携わっていた。
「あのときもさ、『この髪型、やだ』とか言い出す子がいたじゃん。でも、そこで愛ちゃんがちょっと髪型をいじってあげて、鏡の前で『こういう感じも可愛いと思うよ』って愛ちゃんが言うと、その子の中でもそれが一番おしゃれってことになって、本番のパフォーマンスが変わるんだよね。それと同じように、制服っぽい感じで同じ型の衣装を着ていても、ひとりひとり、若干のこだわりってあると思うんだよね。ちょっとだけスタイリングを変えると、その着方をすることでテンションが上がるっていう。それはヴィジュアルとしては見えないかもしれないけど、着てる本人たちのなかでテンションが上がってるかどうかって重要だったと思うんだよね。ひめゆりの子たちもさ、何回生かで髪型や服装が決められてたわけじゃん。そんな中でも、『ここを折って着る』とか、あったんじゃないかって気がするんだよ。そういうところって『cocoon』において大切な部分だし、今日さんが大切にしているところでもある気がする」
藤田君の話を聞き終えると、「ちょっと、考えてみます」と答えた。そしてキャストの皆に身長を尋ねる。163cm、157cm、153cm、154cm、162cm、168cm、164cm、160cm、172cm、168cm、157cm、158cm。こうして数字になったときの印象と、実際に皆を前にしているときの印象は少し違っている。数字と、その佇まいと。両者のあいだにある隔たりは何だろうかと、メモした数字と皆の姿を見比べる。